写真が撮れない日に考えること

更新日:2020年6月1日

Things what I usually Think when I can not

take good photos well


いくら良い写真を撮ろうとしても、撮れない日があります。

街に出て、シャッターをきり続けるものの、何か違う。

でも、その「何か」は分からないのです。


なんとか良い写真を撮ろうと、以前に自分が良い写真を撮った時のことを思い出してみます。深呼吸をして、人の表情や仕草に注目してみます。しかしながら、面白いほど、何も感じられないし、湧いてこないのです。撮る写真にも、どこか中身が感じられません。

今の自分との自分は違う人間なのに、なぜ似たスタイルにとらわるのでしょうか。

なんとも言えない、ぎこちない感覚だけが残ります。


はたまた、そこから飛び出そうと思い撮る写真の構図は、あのFRAMEメンバーのそれと似ています。私は彼ではないのに、同じようにその瞬間を感じられないのに、なぜ同じような写真を取ろうとするのでしょうか。これもまたなんともぎこちないのです。


陽気に週末を楽しむカップルや家族連れのかたわら、私の中の胸騒ぎは大きくなるばかり。


「撮れない」


でも、写真を撮らなかったら、私はただただ歩いている人になってしまいます。

ああ、感動と閃きを世界に感じられた私はどこに行ったのでしょう。

通りすがりの人、一人一人の仕草が愛おしく思えたあの日は。


銀座のショーウィンドウはまばゆく、エスカレーターでたなびく女性の髪は艶めかしく見えたのに。タピオカを飲む女子高生に10年前の自分を重ね合わせ、はたまたすれ違う美形の観光客に一瞬だけ恋もできたのに。そんなテーマパークのように思え